とある投書を紹介いたします
平素より当院の診療活動にご協力いただき、ありがとうございます。
長文となりますが、お付き合いいただければ幸いです。
今まで、当院では先生方の診療スタイルに枠をはめるようなことはすまいと、診療の方法については概ね各自にお任せをしておりました。
先生方は医師3年目の専攻医の先生も多くいらっしゃいますが、それでも初期研修を終え、一人前の医師として認められた医師たちであると認識しております。また、私よりも医師としての経歴が長く、経験豊富な先生もいらっしゃいます。
ですから、そのような先生方に、一外勤先の院長が、診療の方法だったり、学生や初期研修医が学ぶような接遇とか倫理観などといったものを説くのもお門違いであろうと考えておりました。当院常勤医師や当院に学びにきている研修医や学生であれば私が指導・注意しますが、派遣されている先生方は派遣元で教育や指導を受けるべきであると、そのように長らく考えておりました。
ところが、今回、このような投書をいただきました。

私自身は全ての患者さんに聴診器を当てるようにしています。
それに科学的な意味が多くはないことは承知の上で、です。
「呼吸器や循環器の疾患がない患者の(例えば糖尿病とか脂質異常症とか)胸部聴診に意味はない」とおっしゃる先生もいるかと思いますが、そうではありません。
ぜひこの動画を見ていただきたいです。20分弱の動画ですから見てみてください。
胸部聴診は、我々医師にとっては科学的アプローチのツールの一つにすぎませんが、その科学的価値についてわからない患者さんにとってはある種宗教的というか信仰的な意味あいが強いのです。つまり聴診器を当てられることで、「診察を受けた」と実感できる患者さんが一定数いるのです。動画ではそれを儀式と説いています。
現に、大きい病院から逆紹介を受けていらっしゃった患者さんに「初めて聴診器を当ててもらえた」と感激されたことが過去に何度もあります。
私も大学病院で勤務していた時にはそのことが分からず、大学病院の外来では聴診器を当てることはほとんどありませんでした。ですが、今は患者さんとの距離を縮めるため、患者さんの信頼感を得るために、積極的に聴診器を当てるようにしています。
今回、この文書を皆様に出すのを契機に、当院の外来では全ての患者さんに聴診器を当てるよう、各先生方にお願いさせていただきます。
上述の投書だけでなく、、、
それを含めた先生方の診療スタイルについて今回は申し上げたいことがあります。
私はあまりネットの口コミは気にしないようにしていますが、このような投稿がございました。

そのほかに、投書や窓口の事務員へのご意見では、
・画面ばかり見て、目線も合わせてくれない
・急いでいるのか、こちらの話を途中で切られて診察を終わらせられた
・コロナと診断されたら、診察室のすごい遠いところから遠巻きに話だけされて処方が出された
など、最近非常勤医師に対する様々なご意見、お叱りを患者さんから多数もらうようになっています。
医師という職業はプロフェッショナルです。ここで書くと長くなりますので、ぜひ「プロフェッショナリズム・医師」で検索してみてください。AIの概略だけで私の言いたいことはわかると思います。

プロフェッショナリズムとは知識や技術を持っていればいいというものではありません。社会への貢献や自己規律、高い倫理観や人間性を持ち合わせ、目の前の患者の診療に最善を尽くすのがプロフェッショナリズムです。
ここ数年、特に最近、その意識が低下しているのではないかと危惧せずにはいられないことが散見されます。
今回、何件かの投書と患者さんからのご意見、スタッフからの指摘を受け、これ以上は見過ごせないと判断し、当院としても対策を打つことにいたしました。
当院から非常勤医師の先生方へのお願い
まず先生方におかれましては、上記に記載したプロフェッショナリズムを確認していただき、ご自身の診療スタイルを見つめ直していただきたく思います。そして、患者さんに寄り添った丁寧な診療を日頃から心がけるようにお願いいたします。具体的には下記のとおりです。
①患者さんと正対して診療してください。患者さんと会話するときはモニターから目線を外し、患者さんをしっかり見てあげてください。そして上述したように聴診器を当ててあげてください。音を聞かずとも構いません。当てるという行為が大切なのです。
②患者の話によく耳を傾け、OSCEで習ったようにちゃんと共感的態度を持って患者さんに接してください。
③自分の抱えている負の感情を患者さんにぶつけないでください。混んでいてイライラしたり、焦っていたり、私生活で嫌なことがあり気持ちが塞いでいる、体調が悪い、など、我々医師も人間ですのでさまざまな負の感情があることもあるでしょう。ですが、プロフェッショナルとして、それを患者さんには決して見せないでください。少なくとも私は見せないよう努めています。当院常勤の森田医師や越川医師、長門医師や森医師がそれを患者さんに見せたところも見たことがありません。もしも抑えられない負の感情があるならば、こちらへ伝えてください。
④患者さんを責めたり、叱ったり、なじったりしないでください。何度も同じことを聞かれたのでイライラしてなじってしまった、という話が先日医師からありました。何度も同じことを聞くのは理解できていないからですが、理解できない理由は患者の理解力不足ではありません。患者の理解力にfixした説明ができない医師の説明力不足です。イライラしてなじったりせず、患者の目線まで自分の目線を下げてあげて、丁寧な説明を患者さんが納得するまでしてください。
⑤患者さんに怒らないでください。怒ることも禁止です。アドヒアランスの不良な患者とか、生活習慣が改善されない患者とか、医師から見て「なんでこんなこともできないんだよ」と怒りを感じる患者はいるでしょう。ですが、それで怒りを患者にぶつけてもなんの改善ももたらしません。ただただ患者が治療に対し負の感情を抱き、より無気力になるだけです。診療所は治療の場です。治療につながらない怒りは患者さんにぶつけないでください。指導は優しく、根気よくお願いいたします。
これらは、あえて言うまでも無い当たり前のことだと私は思っていました。しかし、今回この当たり前なことをあえて書かせていただいた理由を、各先生方はご自身の診療を振り返り考えていただければ幸いです。もちろん全員が全部できていないとは言いません。十二分にできている先生もいらっしゃいます。ですが、特定の個人ではなく当院非常勤の医師の複数名が上記項目の一部を実行できていないと感じています。そのため全員に上記のような意識を持っていただきたいと思いこのような文書を作成しました。
自身の診療スタイルを振り返った上で、もしも変えたほうがいいと感じる部分がありましたら、行動変容に繋げていただきたく存じます。要は自分が患者でかかったときに、してほしくない行動はしないというごく当たり前のことです。いつもイライラしながら画面だけを見てこちらを見ず、触ってくれもせず聴診器も当てない、話は途中で打ち切られ、薬だけを出すという医者、どう思われるでしょうか。皆様のご理解を賜れれば幸いです。
当院の対策
先生方の内省を促す以外の対策としまして、上記のような先生方の個別の努力とは別に、下記を行います。
①今回、当院非常勤の各医師に上記のようなお願いを理事長の名前で行ったことをホームページ上で公表いたします。上記の文面を患者向けに再構築し、近日中に公開いたします。
②患者さんが意見を上げやすいように、医院入り口のご意見箱の他に、ホームページ上で投稿フォームを設置します。医院内に投稿フォームへのリンクとなるQRコードを張り出します。
③理事長が定期的に外来付きの看護師にヒアリングを行い、上記のような診療ができているかを確認します。また気になる言動があった場合はすぐに理事長に報告するよう、体制を整えます。
④音声認識でカルテを作成してくれるサービスを導入しました。それを積極的にご利用ください。患者さんとの会話をマイクで拾ってSOAPのカルテ構成に再構築してくれるものです。全ての診察室に導入しますので、有効活用し、患者さんとの会話に専念してください。
⑤今回診療が診療時間内に終わらないことでイライラしてしまったというご意見がありました。患者の動向によって診療終了がずれ込んでしまうのはやむをえないことで、そのようなこともあるため、日頃患者の少ない暇な時間は常勤医師を残してお帰りいただいたりしてバランスを取っているつもりでおりました。しかし、終了時間がずれ込むことがストレスと感じるのであれば、非常勤医師の終了時間をきっちり午前は12時まで、午後は6時までといたします。受付終了が各15分前ですので、その時点で患者さんがいなければそこで終了ですが、患者さんが残っていたとしても12時、6時できっちりあがっていただきます。その代わり、これまで早期退勤を各常勤医師に配慮するよう伝えてきましたが、それも併せて中止いたします。患者がいなくても診療終了までお待ちください。各派遣元の医局との契約はそのようになっておりますので、契約をしっかり遵守いただければ幸いです。(午後訪問診療の方は午後5時終了です)
診療終了時間できっちり終わりますので、診療時間内は患者さんが納得いくような手厚い診療を心がけてください。多人数を捌く必要はありません。ご自身の出来うる範囲で患者さんが納得できる医療を提供することにご尽力ください。
プラセボを引き出す医療
研修医や学生が当院には実習に来ています。その彼らにプラセボについて必ず説明するようにしています。資料はアミティーザの添付文書です。興味深いのでぜひ一度ご覧ください。アミティーザは第3相試験でプラセボを対称とした試験を実施しており、そのブラセボに比べ便秘を有意に改善したことで上市されました。ですが、注目すべきはプラセボ群です。プラセボ内服群も排便回数が1.5倍ほどに増え、有意に増加しているのです。なんの効果もない偽薬でも信じれば効果がある、プラセボというのは決して非科学的な概念なのではなく、現代の科学的プロセスで観測することができる偉大なものなのだなと感じられるわかりやすい資料です。

医師やスタッフの接遇も私はこのプラセボを引き出すために大切だと感じています。感冒で同じ薬を出されたとして、よく話を聞いてくれ十分説明をしてくれた信頼できる医師の処方した感冒薬と、話もそこそこにこんな症状で受診してと怒られ薬だけ出された医師の感冒薬、どちらの薬が効果を出すでしょうか。上述のプラセボのことを考えると、薬効が同じなのだから効果が同じであるとは、私はとても考えられません。
我々医師が将来AIに勝てる部分はまさにここなのだろうと私は考えております。知識、判断でAIに勝てなくなる日はそう遠くないうちにやってくるでしょう。知識ではすでに負けているでしょう。判断はケースバイケースですが、血が通った診療というなら、今のところは人間に軍配があがるでしょうが、トリアージなどでは負けそうです。ですが、患者が信じるか信じないか、信頼するかしないか、AIはそこに大きな壁があり、我々医師はそこにまだしばらくアドバンテージを持っていられるのではないかと思っています。患者が機械より人間を信じてくれているうちは、我々はそのプラセボを引き出すことができるのだと思うのです。ですが、逆にその患者の信頼を得られないような診療をするなら、今現在すでにAIに劣ります。チャット型のAIに病状を相談し、提案された薬を薬局で買い内服した方がマシです。この信頼を得られるように診療をするプロセスそれこそがプロフェッショナリズムなのだと思っています。
最後にもう一度お願いいたします
長くなりました。
私は32歳の時に父が急逝し、大学医局を辞めて急にこの診療所の院長になりました。若くして院長になったため、患者さんの信頼を損なわないよう、この15年努力してきたつもりです。
当診療所の患者は父の代から続く信頼感の上にいるものが多いと思っています。
そこにはきっとプラセボの効果があります。あそこに行けば安心して治療を行える、という安心感がプラセボの力を引き出し、患者さんに納得と満足を、そこから得られる治癒という力をもたらしているのであると思っているのです。だから当院は混雑する医院なのです。
ですので、非常勤の先生方も、腰掛けと思わず、プロフェッショナルの矜持を持って当院の患者さんに向き合っていただきたいと思っています。
当診療所としては、私や私の父が培ってきた38年の信頼を損なわない診療を心がけるようにお願いいたします。この診療所にかかっている患者に付与されているプラセボという魔法を解かないよう、プロフェッショナルの精神で診療に当たられるようお願いいたします。
