医療DXの「裏側」
医療DXの「裏側」で考えていること
最近、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を耳にする機会が増えています。
一方で、「何となく便利そうだが、具体的に何を指しているのかはよく分からない」という方も少なくないのではないでしょうか。
DXとは、単にデジタル機器や新しいシステムを導入することではありません。
デジタル技術を活用して、仕事の進め方や仕組みそのものを見直していくことを指します。
医療DXとは、この考え方を医療の現場に取り入れ、診療や業務の在り方をより良いものにしていこうとする取り組みです。
今回は、医療法人社団日敏会で進めている医療DXについて、華やかな成果ではなく、その裏側で私自身が考えていることを、理事長の立場からお伝えしたいと思います。
DXは「効率化」だけが目的ではありません
医療DXというと、「業務効率化」や「省力化」が目的だと思われがちです。
もちろん、それも重要な要素の一つです。
ただ、私たちがDXに取り組む理由は、効率化だけではありません。
日々の診療の中で、
- 患者さんへ説明するために割く時間が短くなってしまう
- 患者さんの表情や反応を十分に見る余裕がなくなってしまう
そうした状況に、強い違和感を覚えてきました。
私個人の意見としては、
DXは、人が人としてやるべきことに集中するための「時間」と「余白」を生み出すツールの一つだと考えています。
DXは、導入した直後が一番大変です
ですが、DXを入れれば途端に便利になるという訳ではありません。
むしろ、導入後は業務が増えることも多々あります。
- 新しい仕組みに慣れるまで、むしろ時間がかかる
- 操作や運用を覚える必要がある
- 想定外のトラブルが起きる
医療現場ではミスが許されないため、新しいシステムを導入する際には、どうしても慎重にならざるを得ません。
その具体例が、マイナ保険証です。
一昨年から導入が進み、当院でも対応を行いましたが、正直なところ、この導入は大変でした。
既存の保険証の運用が続く中で、マイナ保険証も使えるようになるということは、マイナ保険証を利用される患者さんにとってはメリットがある一方で、医院側としては、二つのシステムを同時に走らせなければならないという問題が生じました。
もし一気に新しい仕組みに完全移行できるのであれば、一時的な混乱で済みます。
しかし、古いやり方を残したまま新しいシステムを導入すると、業務の流れが二つに分かれ、結果として業務量が倍になってしまうのです。
このように、「入れればすぐに便利になる」というものではないのが、医療DXの現実です。
なぜ一気にDXを進めないのか
「それなら、一気にすべてDX化すればいいのでは」と思われるかもしれません。
しかし、マイナ保険証の例からも分かるように、医療の現場ではそれが必ずしも最善とは限りません。
- 既存システムとの整合性
- 保険制度や法令との関係
- 現場の混乱や安全性への影響
これらを考えると、DXは段階的に進めるしかないのが実情です。
私たちは、「早く変えること」よりも、「安全に、確実に現場に根付かせること」を重視しています。
AIについて、私たちが大切にしていること
AIについては、私自身も昨年から強い関心を持ち、その有用性について確信するようになりました。
AIを使いこなすことで、これまで避けられなかった多くの事務的な作業から解放され、その時間を、患者さんに向き合うために使うことができるようになると考えています。
ここで、私たちが大切にしている考え方があります。
カルテを書くために患者さんを見るのではなく、
患者さんと向き合うためにAIを使う。
診察室で、モニターから目を離さず、キーボードから手を離さないまま、必死に患者さんの話をカルテ記載する医師。
この姿は、患者さんから見ると、「自分を見てくれていない医師」「病気は見ているが、人を見ていない医師」の象徴のように映ってしまうことがあるのではないでしょうか。
ですが、これは医師個人の問題というより、紙カルテから電子カルテへ移行する過程で、「医療訴訟などを避けるため、カルテは十分に記載するように」と教育されてきた、現在の医師の働き方を象徴している姿だと感じています。
カルテ記載は非常に重要です。
診療の質を担保し、情報を正確に共有し、安全な医療を行うために欠かせません。
しかしその一方で、医療が発展した結果、患者さんに向き合う以上の時間を、カルテに割かなければならなくなってしまった現状には、どこかちぐはぐな印象も受けます。
AIの力によって、カルテに向き合わなければならない時間が軽減され、診察の時間に、医師が患者さんと正対し、目を見て、身体の状態を観察しながら話を聞けるようになるのであれば、それは医療にとって、とても前向きな進化ではないかと思います。
AIに任せたいのは「判断」ではありません。
医師が本来向き合うべき、患者さんそのものに集中するための下支えとしてAIを使う。
それが、私たちが目指しているAI活用の姿です。
DXに「完成形」はありません
DXという言葉は最近になって使われるようになりましたが、
デジタル化という観点で見れば、これは決して突然始まったものではありません。
パソコンが身近になり、社会に広く普及し始めたのは、Windows 95が発売された頃からだったと思います。当時私は高校生でした。
それ以降、インターネット、電子メール、SNSなど、社会全体は少しずつ、しかし確実にデジタル化の道を歩んできました。私もその進歩に熱狂してきました。若い頃はパソコンを自作したりもして、その進歩を肌で感じ、デジタル化でできることが増えていく社会と未来に期待を膨らませ、その恩恵を十分に受けてきました。
最近になってDXが強く意識されるようになったのは、政府が本腰を入れて取り組み始めたことなどにより、その変化のスピードが一気に加速したからに過ぎません。
医療機関も、この大きな流れの中にあります。
正直に言えば、私たち医療の現場は、社会全体のデジタル化の流れに取り残され、遅ればせながら、ようやく本格的に乗り始めた段階なのだと思います。
そして、この流れは止めることはできません。昭和終盤生まれで、パソコンが一般家庭になかった時代を知る私たちの世代だからこそ、この流れに逆行できないことは知っていますし、止めてはならない、社会全体の流れに同調し、医療もその方向に流れていかなければならないと感じています。
無理に逆らうものでもなく、
今私たち医療機関の管理者は医療DXと「どのように向き合い、どう取り入れていくか」が問われているのだと思います。
DXには完成形がありません。
技術は進歩し続け、今日「最善」だと思っているものが、数年後には見直されることもあるでしょう。
それでも、この流れに向き合い、乗っていくことが、より良い医療、より良い社会をつくるために必要なことだと、私は感じています。
大切なのは、流れに振り回されることではなく、患者さんと医療現場の双方にとって意味のある形で、柔軟に取り入れていくことだと思っています。
最後に
医療DXは、決して魔法の道具ではありません。
悩みながら、試行錯誤しながら進めていくものだと思っています。
その先に、
- 患者さんと落ち着いて向き合える診療
- スタッフが無理なく働ける環境
があるのであれば、私たちはこれからもDXに向き合い続けたいと考えています。

